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    平成18年度第2回羽村市文化財保護審議会会議録

    • [2010年4月22日]
    • ID:1511
    平成18年度第2回羽村市文化財保護審議会会議録
    1 日時平成18年7月21日(金曜日) 午後2時00分~午後4時15分
    2 場所郷土博物館会議室
    3 出席者会長 須崎 新太郎
    副会長 白井 裕泰
    委員 和田 哲、坂上 洋之、持田 友宏、坂詰 智美
    事務局 郷土博物館館長 須田 進午、郷土博物館係長 宮沢 賢臣
    4 欠席者なし
    5 議題 1 確認事項
     ア 平成18年度第1回会議要旨の確認について
    2 議題等
     ア 史跡「玉川上水」現状変更について
     イ 羽村市指定有形民俗文化財「八雲神社の山車」修理事業について
     ウ 羽村市指定有形文化財「禅福寺の山門」修理計画について
    3 その他
     ア まいまいず井戸の屋根修理について
     イ 平成18年度東京都市区町村文化財担当者会議について
    6 傍聴者0人
    7 配布資料・ 玉川上水現状変更許可申請関係図面
    ・ 八雲神社山車修理事業関係図面  
    8 会議の内容

    1 確認事項

     ア 平成18年度第1回会議要旨の確認について

    (会長) それでは、最初に、前回の会議録の確認からお願いします。お読みいただいて、確認や訂正はございますか。

    (委員) 一つ質問します。会議録の内容は公開されるのでしょうか。これで問題はないと思いますが、一般的に公開される場合には会議の内容の主旨という形で会議録をまとめるということが多いようですが、この会議録はやや細かく記録されているように思うので、こういう形でいいのかなと思うのですが、羽村市の考え方はどうですか。

    (事務局) 基本的には、会議そのまま「議事録」と云う形で残しますから、このような形になります。また、会議録を作って公開するにあたり、文化財保護審議会に諮って発言者の名前は記載しない、発言内容は要旨のみということで決めさせていただいています。作成と公開は市の方針ですが、その内容についてはそれぞれの会議できめることになっていますので、そのようにさせていただいています。

    (委員) そうすると、2、3訂正が必要な箇所がありますが、いまメモがないので、後ほど事務局に連絡して訂正していただきます。

    (会長) では、そのようにお願いします。他に何かございませんか。他になければこの件はこれで終わります。

    2 議題等

     ア 史跡「玉川上水」現状変更について

    (会長) では、次に史跡玉川上水の現状変更について議題とします。事務局から説明をお願いします。

    (事務局) 玉川上水の現状変更について、東京都環境局より許可申請が出されました。概要は、資料のとおりです。工事内容は、第2水門と羽村橋の中間あたりにブロック積みの小屋が建っていますが、これは環境局の水質測定室だそうですが、これを撤去して水道局に返す際に、付随する玉川上水からの引き込み管と付帯設備も一緒に撤去しなければならなく、その一部が史跡指定範囲に係るというものです。具体的には、採水管桟橋、採水管の撤去で、露出面を切断して、法面については盛土により植生を復元するという工事です。掘り返して撤去するような工事ではありません。また、測定室に引き込む電線の電柱も同様に切断して撤去します。
     教育委員会としては、玉川上水水路の保存に影響は軽微であると判断されるので、許可する方向で考えていますので、審議会のご意見を伺いたく、よろしくお願いします。

    (会長) 以上のような説明がありましたが、何かご質問はありますか。

    (委員) 史跡指定の遺構はどういったものですか。

    (事務局) 遺構は水路です。

    (委員) 上水の水の取り入れ口ではないですよね。

    (事務局) そうです。環境局が設置した測定室に取り込む採水管の撤去です。

    (委員) 水質検査の役目は終わったということか。

    (事務局) その辺の詳しいことは判りません。

    (委員) 測定室の位置はどの辺になりますか。

    (事務局) 柵に接するような場所です。

    (委員) 測定室の撤去だけなら現状変更にはあたらないわけですよね。

    (事務局) そうです。

    (会長) 他に質問はありますか。なければ、この件に関しては事務局案を了承ということでよろしいですね。

     イ 羽村市指定有形民俗文化財「八雲神社の山車」修理事業について

    (会長) それでは、次の議題、引き続き話し合いが続けられています八雲神社の山車修理について、話し合いに入ります。現状について、事務局よりお願いします。

    (事務局) 前回の会議では、現地で再度業者と協議をして細部をつめるということになりました。結果として現地で2回、山車を見ながら委員と調整を行いました。しかし、協議が整わず、業者はこの仕事から手を引くことになってしまいました。神社側も引止めをしましたが叶いませんでした。そこで、神社側とも話し合って、昨秋今回の業者と同時に見積りを徴収した業者に交渉することとなりました。新しい業者には、文化財保護審議会での意見を取り入れられるか聞いたところ、大丈夫とのことでしたので、ここと改めて調整をしているところです。神社側としてはこの業者にお願いをしたいという意向ですが、正式な契約には至っていない状態です。

    (委員) 今の説明に少し補足させていただきます。何故前の業者と合意に至らなかったのかと言うと、前回の会議録にも記録されていますが、正確な図面ではないので、これで復元の話を決めるのは難しいということ。それが第1点。もう1点は、垂木の配置に関して納得が行かなかったということ。これは現場で確認しながら考えないといけないということで打合せを行ったわけです。そのときに、どういう垂木の形になるのかということと、垂木の配置の図面を示してほしいとお願いしたわけです。配置の図面については最初の日には示していただけませんでしたが、垂木の形については原寸の型を取って検討しました。その垂木の原寸ですが、前方の、柱に彫刻のある上側のいわゆる欄間彫刻というのがありますが、この筋の曲線で、欄間もそれなりの形で取ったのです。その型で、他の位置、真中や後の部分にあてて全て確認しました。当初の案では柱の真に配置するということでしたが、合わないんです。すべての部分で垂木の形が違う。一つの形で全部をあわせようというのは無理だということがわかりました。それを踏まえて、こちらから提案したことは、前から言っていたことですが、破風の形で垂木のラインを決めてほしいということをお願いしました。それだと、彫刻のところで形が合わないのではないかと議論があったので、「振り分ける」ということを提案しました。柱の前後に垂木をもってくる。それと、彫刻のところで型を取ったラインと破風のラインが違うので、これはありえないと指摘しました。そこで意見が全く分かれてしまって、業者はそのような施工はできないと降りてしまったわけです。こちらの考えを入れていただければよかったのですが、どうしても自分の考えでやるしかできないと言ってその場から帰られてしまいました。このままでは先に進まないということで、その一週間後に会長と私と事務局に立ち会っていただき、神社側と今後について話し合いをしました。さきほど事務局からも説明がありましたが、新しい業者に話をすることになりました。新しい業者にお願いすることにしても、基本的にどういう形で復元をしていくか決めていかなければいけないので、図面をきちんとしておく必要から、そのまた二週間ほど後に、新しい業者と現場で調査をしました。調査の内容は、破風の原寸の図面を取って、垂木の型を決めていきました。彫刻の真でいくと少し引っかかりますが、前後に振れば納まるということを確認して、図面を作りました。

    ―以降、資料の図面を参照して、内容を説明―

    前回からも、議論にありましたが、垂木の釘跡については確認できませんでした。この屋根は、現在は4分割の復元を考えていますが、現状は8分割、当初はどうだったかが不明ですが、いずれにしろ取り外しができる構造だったということです。今回、どのようにするかと言うと、ようはずり落ちないようにすればいいということで、ハトメで止めることを考えています。

    ―以降、資料の図面を参照して、内容を説明―

    このような屋根の形式は、近隣では見ない形で、調べてみると、「八王子型」と称される一本柱建ての山車では、文久2年の建造例は、どうも最古のようです。
    今後は、このような方針でもって進めていき、契約できればと考えています。

    (委員) この山車は初期と考えていいのでしょうか。

    (委員) 少なくとも、初期の形態であることは間違いないと思います。

    (会長) 今、委員から細かく説明がありましたが、質問はありますか。

    (委員) 棟梁の伊藤清右衛門については何かわかっているのですか。

    (委員) ちょっとわかりません。文献もないようですし。

    (委員) 一番最初につくったということになれば、それも文化的価値を高めることになる。そこまでは解釈できないか。古いということが判ってびっくりしている。

    (委員) 彫刻もすばらしい。

    (委員) 彫刻については何かわかっているのですか。

    (事務局) 何もわかりません。

    (委員) 昭島のものには判っているものがあります。江戸の職人です。

    (委員) あきる野の雨間の雨武主神社のもすごい。

    (委員) 八雲神社の彫刻もどこかに名前が書いてあるかもしれない。

    (会長) では、八雲神社の山車の修理については、新しい業者と契約して、今説明された内容で進めてよろしいでしょうか。

    (委員) はい。

    (委員) 屋根葺き材の布については、どうなっていましたか。

    (委員) 布は、テント地で紅白模様ということでしたが。

    (委員) 復元という視点で見ると、屋根は、以前も議論されましたが、油紙、その後は布と言うことになるんですが、仮設的なものだったと思うんです。今回は屋根は一応外せるようにはなっていますが、普段は外さず、屋根に人が乗って、雨も降るでしょうから、だからシートと言うことだと思うんですが、なんか違和感がある。もとの形が残せないか、当初の形態がイメージできるものを残せないかと思うのですが。

    (委員) 神社側としてはメンテナンスの問題があるとは思います。

    (委員) その過程なり、今判ることをちゃんと残していかないと、もう少し先に修理した時に、何だあの時の修理はと言われると不本意なんですが。まあ、お祭などの神社の使い勝手の都合で、あのような屋根にすることを了承したんだと言うことを残しておく必要があると思います。

    (会長) 議事録には残ると思いますが、神社側にも折があったら伝えていただけますか。

    (事務局) わかりました。

    (会長) それでは、八雲神社修理事業についての話し合いについては、これで終わらせていただきます。

     ウ 羽村市指定有形文化財「禅福寺の山門」修理計画について

    (会長) それでは、引き続いて次の議題、前回からの引き続きになりますが、禅福寺の山門修理計画について、事務局からお願いします。

    (事務局) 前回の会議では、さまざまな方法を考えて補助対象事業として補助金の交付を考えていくと説明させていただきましたが、その後さまざまな方向から検討した結果、現在の禅福寺側の進め方のまま来年度に補助金を交付するのは難しいという結論に至りました。禅福寺には住職と面会して、顛末をお話させていただきました。住職は、そちらの話は聞いたので、業者とも協議して、どうするか決めたいとのことでした。事務手続き上、どうしても前年度の事業を新年度に補助対象事業とすることができないので、このままでの計画では補助対象事業とはならないということです。しかし、市指定有形文化財ですので、現在の計画のままでも現状変更許可申請の対象になりますので、文化財保護審議会のご意見をお聞きすることになります。

    (会長) 何か質問がありますか。

    (委員) お寺としては、補助金なしで実施することを決めたのですか。

    (事務局) なんとも言えません。

    (委員) 着工をのばす可能性もあるのですか。

    (事務局) 堂宇全体の落慶法要ですから、全部新しくしてからと言う気持ちが強いことは印象として受けました。あとは、市として指定文化財第1号の修理に関しての考え方、どのようなスタンスを持っているのかという面で、補助金交付をしてくれるなら4月以降に延期することも考えなければならないのかと言うような印象でした。はっきりとそう言った訳ではありません。

    (委員) 私の印象としては、しっかりとした修理をしたいということが感じられました。もう1点、年度をまたぐのは難しいとしても、来年度の事業として部分的な補助というのは可能なのでしょうか。

    (事務局) やはり、事務的な手続きが難しいです。時期的な問題から難しい。修理が一体となって実施されているとみられると、その一部の補助は難しいです。いずれにしろ、4月以降の着工でないと難しいということです。

    (会長) それでは、もう少し様子を見て、次回にでもまた報告してください。

    3 その他

     ア まいまいず井戸の屋根修理について

    (会長) 続いて、「その他」ですが、まいまいず井戸の件についてお願いします。

    (事務局) まいまいず井戸について、屋根が腐朽しているので、その修理を平成19年度の補助事業に申請したところですが、都の学芸員から電話があり、修理するのは構わないが、いわゆる「まいまいず井戸」と呼ばれている新町の大井戸や他のもので、上屋がついているものがなく、復元するというならば上屋は必要あるのかどうか、あるとしたらその根拠をきちんと整理しておかないといけないのではないかと指摘されました。さまざまな文献を見ると、江戸時代中期元文6年に修理した際に上総掘りの工法を一部採用して石組みの井戸としたとあります。それ以前は水の得られる深さまで掘りくぼめて、そこですくうようにして水を取っていたイメージなので上屋は必要ないのですが、上総掘りの井戸となると釣瓶を引き上げる滑車が必要になり、それをつなぐ上屋が必要になったと考えられます。現在のまいまいず井戸は昭和35年に一般の使用が終わった際に、元文の形態に戻す復元修理が行われたので、あそこに上屋があってもおかしくないという解釈でよろしいか確認したいので、よろしくお願いします。

    (委員) 難しい問題です。

    (委員) それは理屈ですね。

    (委員) 元文の頃の水位はどうなっていたのでしょう。

    (事務局) 水位については記録されておりません。

    (委員) そのときに上総掘りにしたのは間違いないのですね。

    (事務局) 上総掘りの石積みを取り入れたということです。

    (委員) そのときに滑車をつけるために上屋がついたのだろうか。

    (委員) 常識的にはそう考えていいのではないか。

    (委員) 直径が大きい上総掘りの井戸ならば釣瓶のようなものは要らないが、狭いとどうしても必要になってくる。そのときの大きさがどのくらいのものかにもよると思う。まあ、そんなに大きいものではなかったと思うが。

    (委員) 水位はそんなに変らないと思うが。

    (事務局) 『羽邑臨視日記』という資料がありますが、ここにまいまいずの絵があり、そこには屋根は描かれていません。天保4年の資料です。

    (委員) そのときはどうやっていたのか。

    (事務局) 水が得られるところまで掘り下げて、そこからヒシャクなどですくうという方法だったのでしょう。

    (委員) 上総掘りというと普通は地表から直下に掘り下げるというものだから、井桁に上屋というのは可能だが、中世の形態があって、そこが崩れたからちょっと直したというのであれば屋根はなかったかもしれない。

    (事務局) 復元にあたっては屋根は必要ないのでしょうか。

    (委員) どこまで遡るということだと思いますが。

    (事務局) いつ屋根がついたかまで遡ることはできないが、現状は昭和35年に復元したときまでは遡れます。

    (委員) それ以前はどうか。

    (事務局) それ以前は、今の形態ではなく、実際に使用している中で通路がやや直線的になっていたり、当初の形態から崩れていた。そのときには屋根は架かっていた。

    (委員) それがいつまでいくかは判らないということか。

    (事務局) そうです。

    (委員) 跳ね釣瓶なんかの形態もありますが、その辺はいかがでしょうか。

    (委員) 跳ね釣瓶は、架けられるようなものがなかったりとか、構築物を使わないで、割と大き目のものです。狭く直下型で掘っているものは釣瓶をかけないと、そのまま桶を放り込むと中を破損させてしまうので、まっすぐ下ろしてまっすぐ上げるための道具として必要になります。江戸中期頃からよくでてきます。掘りぬき井戸などがでてきてからよく使われます。

    (委員) 直下型の直径が広くないような井戸でも釣瓶がないものがある。ただしそれは条件があって、井戸の水が井桁付近まで上がっているような場合はかえって釣瓶でない方がいい。まいまいず井戸の場合、水位が深いので、釣瓶は使っていたのかもしれない。

    (委員) 天保の時代には井桁まで水が来ていたのではないか。

    (委員) 井戸の水位はなかなか判らない。青梅の新町の大井戸は、大雨が続くと上まで水が来る。ところが普段の水位は10mぐらい下です。

    (委員) まいまいず井戸については、元文の頃に復元したとしても、すべてその当時に戻すのではなくていいのではないか。その後の経緯なども踏まえて、現在ではヒシャクですくうことはできないのだから、見学者などが、どうやって水を汲んでいたのだろうと考えたときに、今ある形が現実的だと思う。遺構そのものは元文の頃に復元されたものではあるかもしれないけれど、総体としては現在までというような位置付けで整備しているということでいいのではないでしょうか。

    (委員) 昭和30年代まで使っていたのだから、そのような考えでいいのではないでしょうか。

    (委員) ただし、そのことをきちんと説明板などで書く必要がある。誤解のないようにしておけばいいのではないか。

    (事務局) 東京都からの指摘は、きちんとした説明ができるようにしておいたほうがいいのではないかということでしたので、この場で文化財保護審議会のご意見をお聞きして確認できましたので、この件についてはこれで構いません。井戸に上屋があるのがおかしいというのではなく、同じ形態の他の井戸に屋根がないものが、羽村のまいまいず井戸だけにある理由を整理しておいたほうがいいということです。

     イ 平成18年度東京都市区町村文化財担当者会議について

    (会長) ではこの件はそういうことでよろしくお願いします。次に、平成18年度東京都市区町村文化財担当者会議についてお願いします。

    (事務局) 6月28日に開催されました。情報としていくつか報告します。東京都文化財保護条例が改正され、史跡・旧跡の指定の見直しが行われています。具体的には旧跡指定を無くすということです。羽村には指定旧跡がないので該当しません。指定旧跡のすべてを調査して、指定を解除する、史跡等に種別変更する等の作業を行います。もう1点は、近代和風建築総合調査が今年度から3ヵ年で実施されます。

    ―調査の概要説明―

    次に、文化的景観の指定候補の調査がきています。

    ―調査の概要説明―

    羽村市内には該当はないかと思います。先日の会議ででましたので、情報をお伝えします。

    (委員) 近代和風建築というのは、どのあたりを対象としているのですか。

    (事務局) 近代ですので、明治元年から昭和20年までです。

    (委員) 「近代」を時間的概念で捉えていますが、建築の概念として別の考え方があります。時間ではなく「伝統」に対しての「近代和風」と云う様式の問題です。

    (事務局) 都の説明によると、今回の調査は時間的な括りの中での調査ということです。

    (委員) 対象物件を挙げるとなると、家屋台帳を見るしか悉皆的に調査する方法はないのではないか。

    (事務局) 家屋台帳を閲覧することは難しいので、日頃から市内に出る時にはアンテナを張っておく必要があると感じている。委員の皆さんにも情報提供をお願いしたい。

    (委員) 文化的景観についてお伺いしたい。

    ―文化的景観、景観法等について説明―

    (会長) 今回は、情報提供ということなので、具体的な事例については、またそのときにご意見を伺いたいと思います。
    更に報告がありますので、お願いします。

    (事務局) 6月30日に玉川上水保存管理計画策定に関する委員会が開催されました。前回の内容を引き継ぎ、それぞれの区間についての具体的な管理方法について検討しました。方法として、日常の維持管理に関わるものは許可申請ではなく単に報告で済まし、その他については区市教育委員会で処理するものと文化庁長官が許可するものに区分する案が示されました。今後更に細部について調整し、次回に中間報告をまとめる予定になっています。

    (会長) 何か質問はありますか。これについては教育長が委員として参加されていますので、今後とも、その都度の報告をお願いしたいと思います。
     では、次回日程について決めたいと思います。事務局案では11月か12月となっていますが、いかがでしょうか。

    (事務局) 管外視察の件もあり、昨年の例ですと管外視察から帰ってきて会議を開催しました。今年度もできればそのようにしたいと思います。

    (会長) 管外視察の候補地はありますか。

    (事務局) とりあえず喫緊の案件があって、それに対する視察というわけではないのですが、山車の件もありますので、川越あたりなら祭り会館などで山車の展示もしていますし、日帰りが可能ですので、いかがでしょうか。

    (会長) 他に候補地がなければそのようにさせていただきます。日程についてはいかがでしょうか。

    (事務局) 事務局案としては11月29日の水曜日の都合がよろしいのですが。

    (会長) まだ先のことで、それぞれご予定もたたないこともあろうかと思いますが、このような日程で決めさせていただきたいと思います。事務局には視察先についてよく検討していただき、改めて詳細の案内をしてください。
     他になければ、本日の会議を終了します。

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