ページの先頭です

共通メニューなどをスキップして本文へ

メニューの終端です。

あしあと

    知られざる第2の玉川上水?と幻の鉄道

    • 初版公開日:[2026年03月19日]
    • ID:20221

    ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます

    こちらは令和8年3月に掲載した記事です。最新の情報について詳しく知りたい方は、管理する機関へ御確認ください。

    木下 智実(市民記者:きのぴー)

    舗装された道の上で手で幅を示す筆者

    【道に立つきのぴー】

    みなさん、こんにちは。市民ライターのきのぴーです。
    さて問題です。私はいったいどこに立っているでしょうか?正解は・・・、「玉川上水」です。
    「うそだー!絶対うそだー!!」という声が聞こえてきますね。
    はい、すみません、うそです(笑)。ただ、あながち違うとも言い難いところがあります。

    今日の記事は、第2の玉川上水とも言える秘密の水路のお話です。

    第2水門上から下流方向の玉川上水の風景

    【玉川上水の景色(羽村市):筆者撮影】

    まず、玉川上水といえばこちらの写真ですね。

    大きな木が林立する間を美しい水が流れていく景色。時折光る水面が天の川のように遠く、遠くへとつながっていく・・・。そう、羽村市が誇る文化財「羽村取水堰」から江戸東京までの長い道のりを多摩川の水が旅する水路です。ちなみに、羽村取水堰を分岐点に、本流である川を「多摩川」、取水した上水を「玉川」と呼ぶのだそうです。


    はじめにもどりましょう。
    実は、きのぴーが立っているこの場所にも羽村取水堰から取水した多摩川の水が通っています。
    パッと見て分からないのも無理はありません。なぜなら、水が通っているのは「地下」だからです。
    ということで正解は「第2の玉川上水」と言いたいところですが、正確に言うと玉川上水という呼び名ではなく、「羽村線」と呼ばれ、古くは「第二水道」という呼び名の導水管が地下を通っています。

    東京都水道局作成の多摩川の原水の流れ図

    【多摩川の原水の流れ図(東京都水道局)狭山湖野外に展示:筆者撮影】

    ここを通る多摩川の水の行き先は村山貯水池(多摩湖)と山口貯水池(狭山湖)です。次の写真は羽村取水堰第3水門の写真。「ゴー」という豪快な音と共に大量の水が吸い込まれていきます。羽村取水堰に何度も足を運んでいる人も、意外と見落としている取水ポイントだそうです。玉川上水ほど長くはありませんが、ここから多摩川の水の第2の旅が始まっているのです。

    大量の水が吸い込まれていく玉川上水第3水門

    【羽村取水堰 第3水門:筆者撮影】

    「ってか、行き先が多摩湖、狭山湖ってどういうこと?2つとも自然にある湖でしょ?」

    いやいや、それがちがうのです。こちらの地図を見てください。
    現代と約120年前のものを重ねた狭山湖周辺の地図

    【狭山湖周辺の合成地図:四時舎『古地図散歩 時代を重ねるマップ』より】

    こちらは約120年前と現在の狭山湖周辺の地図を重ね合わせたものです。よく見ると、なんと狭山湖の中に村が沈んでいるじゃありませんか。実は、多摩湖と狭山湖、湖という通称ですが、いわゆる「ダム」なのです。これは1900年以降、急速に人口が増える東京都(当時は東京市)の水事情を解決するための水源確保としてダムを建設することになり、最初に多摩湖を、次に狭山湖を建設したのです。つまり、2つは人工の湖なのです。

    少し歴史の話をしましょう。建設の際、狭山湖の面積の大部分を占めていた「勝楽寺」という村が湖の底に沈みました。当時は恐慌の影響もあり、一部の裕福な人をのぞき、村の人々の生活は貧しかったそうです。そこに突然のように狭山湖の建設の話が入ります。転居に際し土地は相場よりも安く買い取られたものの、狭山湖建設に関係する仕事や水道局の仕事、また、別に土地(現在の埼玉県小手指地区)がもらえるということで、村の182戸の人々は、故郷を偲びつつも転居、勝楽寺は湖底に沈むことになったのです。


    まさか、湖の下に村が沈んでいたとは・・・、けっこう驚きの事実ではないかと思います。案外、私たちが便利に暮らせる生活の裏には多くの人々の歴史が埋もれているものです。


    さて、本稿のタイトルは、「知られざる第2の玉川上水と幻の鉄道」です。


    そろそろ察しの良い方はお分かりのことでしょう。実は、羽村線の導水管の地上には、かつて「軽便鉄道(けいべんてつどう)」と呼ばれた幻の鉄道が通っていました。


    名残は現在にものこっています。こちらの地図を見てみてください。赤い線で示してありますが、妙にまっすぐな道があるのが分かります。このまっすぐな道こそ幻の鉄道の名残であり、第2の玉川上水が流れていることを示しているのです。
    現在の地図上に軽便鉄道の跡を示す

    【まっすぐに伸びる軽便鉄道の跡(地理院地図Vectorを加工して作成)】

    最初のきのぴーの写真を見返してみてください。両手を広げた謎?のポーズが気になった人もいたのではないでしょうか。

    実は、このポーズは軽便鉄道の線路の幅を表していました。線路の幅は610mm。現在のJRの鉄道1,067mmに比べ、約6割の幅です。トロッコという表現の方が合いそうな小型の鉄道です。多摩湖、狭山湖、それぞれの湖を建設する際、物資を運搬する目的で敷設されました。多摩湖の建設が終わった際に撤去され、狭山湖の建設をする時に復活し・・・、合計で6回も撤去と復活を繰り返したそうです。撤去と復活の繰り返し・・・、まさに幻の鉄道だったわけです。
    現存する軽便鉄道のトンネル内部
    武蔵村山市の軽便鉄道のトンネル入口

    【軽便鉄道が通っていた武蔵村山市の現存するトンネル:筆者撮影】

    もしも、この軽便鉄道が今に残り、青梅線とつながっていれば・・・。羽村市・瑞穂町・武蔵村山市が望む多摩都市モノレールの延長は、幻の軽便鉄道の復活そのものなのかもしれませんね。

    羽村取水堰 基本情報

    住所

    所在地 羽村市羽東3丁目8番地32号
    アクセス JR青梅線羽村駅から徒歩10分

    きのぴーの羽村市おすすめスポット

    玉川兄弟像

    インフォメーション

    筆者写真

    木下 智実(きのぴー) 2012年から妻と小学生の男の子2人の4人家族で、はむらぐらし。現在、小学校の教員をしながら、羽村市魅力発信市民記者として活動中。趣味は、インテリアと家電、舞台演劇を少々。「水」をテーマに羽村市の魅力を発信していきたいと思います。

    きのぴーの記事一覧へ