東日本大震災から一年が経過し、被災地支援の方法もボランティアの活動も多様化してきています。
今回は、市内にお住まいで3人のお子さんの子育て真っ最中の主婦、熊谷玲子(くまがいれいこ)さんに被災地でのボランティア活動についてお話を伺いました。
写真 熊谷玲子(くまがいれいこ)さん
私が高校生のときに、祖母が阪神・淡路大震災を経験し、周りの人たちに助けられたこともあるので、今度は、自分ができることはないかという思いがありました。
東日本大震災後は、通園バッグなどを手作りして被災地へ送る活動に参加していたのですが、現地へ行って活動したいという気持ちはずっとあったんです。
そんな時、津波被害に遭った家屋の泥の除去や洗浄、思い出の品の整理などを行う団体『スコップ団』の存在を知り、被災地へ行って活動をしたいという気持ちが強くなりました。
でも、「やりたい」というこちらの気持ちだけで被災地へ押しかけて行って、現地の人たちに迷惑をかけてしまったら本末転倒だとも思い、なかなか一歩が踏み出せなかったのですが、スコップ団の団長の「人助けに理由はいらない」という言葉に出会ったのが、現地へボランティア活動に行こうと思ったきっかけです。
子どもがまだ小さく、人に預けたことがほとんどないので、子どもと離れるのがとても不安でした。
一番守るべきは家族なので、私が被災地へボランティア活動に行っている間に東京で大地震が起きたらどうしようという不安もありました。
夫に相談するときも、どんな反応かドキドキしたんですけど、「被災地に行ってきていい?」と聞くと「頑張ってこい」と言ってくれたので、行く決意をしました。
母にも相談したのですが、「行きたいと思っているなら行ったほうがいい」と言ってくれたので、そんな母の言葉も被災地へボランティア活動に行くきっかけになりましたね。
私が被災地へ行っている間は、八王子にいる両親に子どもを預かってもらいました。
家族のサポートがあったからこそ、被災地へ行くことができたと思います。
津波被害に遭った家屋の片付け、洗浄です。
家屋から泥やゴミを除去したり、倒木などを片付けたり、とにかく全部片付けて、家をキレイにしました。
私が参加した団体は、男女同じくらいの人数で、若い女性も多かったです。
作業自体は、いろいろな種類の作業がありましたが、マニュアルもなく、誰かが手取り足取り教えてくれるわけでもないので、周りの人と声をかけあいながら、自分にできることをしました。
私は、力仕事はあまりできなかったので、ゴミの分別や思い出の品の整理など、細かい作業をしていました。
得意不得意もあるので、一人ひとりが自分で考えて行動した結果、自然に役割分担ができていった感じです。
ボランティア活動では、自分で考えて行動することが大切なんだと実感しました。
まちを見渡すと、震災発生から半年以上経っているのに、震災直後と変わらない状況でした。
想像をはるかに超えた様子に、涙が溢れてきました。
被災地で会った皆さんは、誠実で実直な方でしたので、さらに何か手伝いたいという気持ちになりました。
防災グッズは購入しましたね。
家族でも地震が起きたらどこに避難するのかを確認したり、身の周りの準備をしたりするようになりました。
私は現地に行ったことで、「自分でできる防災対策は自分が責任を持ってやるものなんだ」という防災意識・危機意識を強く持つようになったと思います。
自分自身もそうでしたが、防災対策は思っていてもなかなか行動に移せない部分もあります。
今日起こるかもしれない地震に備えるためには、自分たちで準備できることは、自分たちで準備しておくことが大切なんだと思います。
災害が起こったときは、ご近所など周りの人達との助け合いや協力が不可欠ですから、自分だけでなく、全体を考えての行動が大切だと思います。
そのためにも、日ごろからのコミュニケーションが大切なんだと改めて実感しました。
「今日も元気でよかったね」と思える関係が、万が一のときの備えになるのだと思います。
警察・消防・私たち、それぞれの役割があるので、皆で助け合っていくことが大切なんだと思います。
自分だけでなく、全体を考えること、周りの人たちとの助け合いや協力のためには、地域のコミュニケーションが大切なんだということを伝えていきたいですね。
「被災地支援に携わりたい」という気持ちがあるのなら、「東北に友だちをつくってみる」ような気持ちで、まずはアクションを起こしてみてはいかがでしょうか?
できることから始めてみて、できそうになかったら別の方法を探せばいいと思います。
震災から一年が経過し、生活物資も整いつつあるということなので、これからは、「心」の支援も重要になってくるのではないかと思います。
支援活動を通じて東北で新たな交友関係ができれば、生涯の友人になるかもしれないし、東北へ遊びに行くきっかけになるかもしれません。
少しでも東北の人たちとつながることが「心」の支援になるのかなと思います。
出発前は泣いていたお子さんも帰ってきたときはケロッとしていたそうです。