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あしあと

    Weave(ウィーブ)はむら 羽村から海を渡り、アメリカからケニアへ-海外で得た“強さ”と“POLE POLE(ポレポレ)”な気持ち-

    • [2017年3月24日]
    • ID:12047
    市では、男女共同参画社会の実現に向け、女性活躍などのさまざまな事業に取り組んでいます。誰もが輝く社会の実現のためには、一人ひとりが自分らしく生きていくことが必要です。
    今回は「女と男、ともに織りなすフォーラムinはむら」実行委員の平野麻紀さんに、約10年間の海外生活で見た女性たちの様子や、帰国後の羽村市での活動などについてお話を伺いました。

    インタビュー

    平野麻紀さん(女と男、ともに織りなすフォーラムinはむら実行委員)

    平野さん

    平野さん

    10年間過ごしたニューヨークはどのような街でしたか?

    生まれ育った羽村市を1997年に離れ、ニューヨークではまず語学学校に通い、その後専門学校で約3年間インテリアについて学びました。卒業後5年間は、古物商などの仕事をしていました。
    10年間のニューヨーク生活で、世界中の国の方と知り合いました。ニューヨークはみんながよそ者で、多様性で成り立っている社会です。

    ニューヨークで生きる女性の様子はどうでしたか?

    ニューヨークで働き、生きている女性たちは精神力が強いんです。多種多様な人種が暮らしている社会で、生き残っていかなければならないため、サバイバル力があり、誰とでもうまく付き合えるコミュニケーション能力の高さを感じました。
    私もその環境の中で揉まれて、強くなったと思いますし、いろいろな価値観の人と、分け隔てなく付き合うことができるようになったと思います。女性だから、日本人だからではなく、一人の人間として、ニューヨークで生きていくためには自己主張が必要で、そうしないとたくさんの人がいる社会の中で埋もれてしまうんです。コミュニケーションの第一歩は相手に自分の気持ちを伝えることなので、対話していくことの大切さを日々身につけていったと思います。

    日本人女性に対するイメージはどのようなものでしたか?

    日本人女性は「慎ましく、自己主張をしない」というイメージを持っている人がたくさんいました。
    ニューヨークの街で生きる女性は、行動力もあり活発な方が多いのですが、それはニューヨークにいる日本人女性も同じなので、どうしてそのようなイメージを持っている方が多いのか不思議でした。
    実際に私と話して、想像していた日本人女性とは違ったと言っていた男性もいましたね(笑)。

    なぜニューヨークを離れ、ケニア共和国に行ったのですか?

    ニューヨークでの暮らしが10年経つころ、経済大国とはまったく違うローカルな暮らしや文化を見てみたいと思うようになり、ケニアの地を踏みました。
    初めて行ったアフリカの国。そこは発展途上の中で、まっすぐに未来を見つめ、向上心あふれる、エネルギッシュな社会が広がっていました。
    「自分の居場所はニューヨークではなく、アフリカだ」と直感し、アフリカに引っ越す決意をしました。

    ケニア共和国ではどのような活動をしていたのですか?

    ストリートチルドレンの厚生施設で約半年間ボランティア活動をしていました。家庭の事情などによりストリートで過ごすことを余儀なくされた5~18歳位の子どもたちに、食事の提供や算数などの勉強を教えていました。

    ケニア共和国で生きる女性の様子はどうでしたか?

    依然として男性優位の社会構造が残っていると感じることがありました。
    ナイロビの街などの教育水準は高くなっていますが、就労、病気、家庭内暴力などの問題も多く抱えています。経済的な問題で働かなければならない女性もいますが、女性の就労に対する理解は低く、女性が声を上げることが良く思われない社会が存在することも事実です。
    国が経済発展していく中で、日本のように発展したいと思っている方は多く、男女共同参画という意味でも、日本人の私たちが性別に関わらず、自分らしく生きていく社会をさらに目指していかなければならないと感じました。

    帰国後、フォーラム実行委員会に参画したきっかけは何ですか?

    帰国後、当時の市立しらうめ保育園で臨時職員として働くこととなり、親子関係や子育てに関心を持つようになりました。ちょうどその時期に男女共同参画のフォーラムに参加し、実行委員として活動している人がいることを知り、応募しました。
    私にとって、ほかの方の意見を聞くことは純粋に勉強になります。人それぞれ求めることも違いますし、ニューヨークの人々は自分の想いを声にしますが、日本人はまだまだ口に出さないこともあります。隠れたニーズを察して、フォーラムのテーマを考え、企画をしていくことは難しいですが、そのチャレンジ感が好きです。
    また、行政の人と一緒にイベントを考えていく中で、直接市民である自分の気持ちを伝え、共同作業で作り上げていくことは、やりがいの一つです。

    今後はどのように活動していきたいですか?

    海外生活の中で気が付いたことは、性別や国籍に関わらず、自分らしく自分のペースで生きていくことの大切さで、私にとってのその場所はふるさとの羽村なんです。
    「ポレポレ」は、ケニア共和国の公用語であるスワヒリ語で「気楽に、焦らず」という意味の言葉で、自分らしく自然体で生きていきたい私の気持ちにピッタリの言葉です。
    今後も、自分の居場所である羽村をもっと良くしていきたい、羽村の良いところを守っていきたいという気持ちを大切にして「ポレポ~レ」な想いでフォーラムに関わっていきたいです。そして、何かを必要としている人に、もっと何かを届けられるよう、活動をしていきたいと思います。
    ニューヨークの街並み

    ニューヨークの街並み

    幼子をおんぶしながら頭に荷物を載せて歩く女性と一生懸命追いかける少年(ケニア共和国)

    幼子をおんぶしながら頭に荷物を載せて歩く女性と一生懸命追いかける少年(ケニア共和国)